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【世界選手権を走ってきました】日本代表ジャージで挑んだUCIグランフォンド世界選手権 ニセコ参戦レポート
by: 星野

att.Uuv8_x-xkGnKxpgPioWGPLN15jhmq_rR2-S8pJ3ePhM どうも、世界選手権後に体調を崩していた、ワイズロード名古屋本館のホッシーです。

2026年8月30日。北海道・ニセコで開催された「UCI GRAN FONDO WORLD CHAMPIONSHIPS 2026 NISEKO」に、日本代表として出場してきました!

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今年の自分にとって最大の目標だった世界選手権。
ツール・ド・ふくしま グランフォンド140で出場権を獲得し、その後も仕事をしながらトレーニングを続け、この日のために準備してきました。

結果から書くと、

MEN 19-34/GRAN FONDO 140km
141位/206人出走でフィニッシュ。

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(10位くらいのフィニッシュに見えるでしょw)

目標としていた年代別20位以内には遠く及ばず、世界との差を思い知らされる結果となりました。
ただ、この世界選手権に出場できたこと、そして日本代表ジャージを着て世界各国の選手と同じスタートラインに立てたこと。
自転車競技を長く続けてきた自分にとって、忘れることのできない経験になりました。
今回はレースだけではなく、北海道への移動から受付、使用したバイク、そしてこの世界選手権を終えた今の気持ちまで含めて書いていこうと思います。

世界選手権を目指した2026年

今年の大きな目標として掲げていたのが、「ツール・ド・ふくしまからUCIグランフォンド世界選手権への出場権を獲得すること」でした。

そのために開催が発表された2024年の冬から本格的にトレーニングを開始。
仕事が終わってからの夜練では、1分、90秒、3分、5分といったVO2max領域のインターバル。

25年春にはFTP5.0W/kg(300W)まで戻し、それを基準にSSTやテンポ走を組み合わせ、休日には100~150km前後のロングライド。
二之瀬峠や雨沢峠など、普段走っている峠でも継続的に強度を上げてきました。
26年2月には10年前の雨沢峠タイム15分24秒に近い、15分42秒・平均341Wまでタイムと出力を伸ばすことができ、最終的にはFTP5.33W/kg(320W)まで仕上げて、全盛期の5.5W/kgまでは戻りませんでしが、明らかに走れる身体になっている感覚がありました。
仕事との両立なので、思った通りに練習できない日ももちろんあります。
それでも「世界選手権を走る」という一つの目標があったからこそ、ここまで続けることができたと思います。
そしてツール・ド・ふくしまを経て、念願だった世界選手権への出場が決定。

いよいよニセコへ向かいます。

ORCAと一緒に北海道へ

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今回の相棒はもちろん、ORBEA ORCA。

普段のトレーニングからレースまで乗り込んできた自分のバイクを北海道へ持ち込みました。
ツール・ド・ふくしまの時同様にプロメカニックであるホッシー弐号に帯同してもらい、バッチリ移動や前日のメンテナンスまでやってもらいました!

飛行機での移動になるため、今回は輪行というより完全な「輸送」です。
バイクは輸送用の大型ケースに入れるため、ホイールだけではなく各部を取り外してしっかり養生。

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海外輪行を何度も経験しているホッシー弐号。フレーム、フォーク、ハンドル、シートポストなど、輸送中に傷やダメージが入らないようかなり念入りに梱包してくれました。流石すぎる。

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自分も普段自転車を扱っているとはいえ、自分が世界選手権で使うバイクです。
さすがに無事に北海道まで到着するまでは少し落ち着きませんでした(笑)。

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飛行機に乗り、いよいよ北海道へ。

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札幌丘珠空港について、レンタカーを借りニセコの受付会場へ。

現地で再びORCAを組み上げます。ハンドル、ホイールなどを戻して各部をチェック。

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無事いつもの状態に戻ったORCAを見て、ひと安心です。

世界選仕様のORBEA ORCA

今回の世界選手権に合わせ、ORCAには自分の名前と日の丸を入れました。

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ほんの小さなステッカーですが、これだけでいつものORCAが少し特別に見えます。

ニセコに到着。そして世界選手権の空気へ

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現地に到着すると、当然ながら街には世界選手権に出場する選手がたくさんいます。
そして受付会場となった倶知安町総合体育館へ。

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ここで一気に空気が変わりました。

会場の前には、「2026 UCI GRAN FONDO WORLD CHAMPIONSHIPS」の文字。

さらに世界各国の国旗が並び、周りを見渡せば海外の選手だらけです。

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日本で開催されているレースなのに、日本のレース会場とはまるで違います。
「本当に世界選手権まで来たんだな」ここでようやく実感が湧いてきました。

世界中から集まった選手たち

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受付会場の中も、とにかく人、人、人。日本はもちろん、オーストラリア、ヨーロッパ、アジア、南米など世界各国から選手が集まっています。普段出場している国内レースなら、知っているチームや選手を見つけることも珍しくありません。

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今回は周囲から聞こえてくる言葉も違えば、ジャージに書かれている国名も違います。それでも全員が同じロードバイクという競技をするためにニセコまで来ている。この光景はかなり印象に残りました。

「Masahiro HOSHINO」の文字を発見

受付前にスタートリストを確認します。
カテゴリーは、[MEN]GRAN FONDO 140 19-34
そしてリストを下へ追っていくと……111 Masahiro HOSHINO JPN ありました!

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分かっていて来ているのに、実際に世界選手権のスタートリストの中に自分の名前を見つけると嬉しいものです(笑)。

さらに会場外には、世界選手権出場者の名前がびっしりと書かれた巨大なボード。

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そこにも、Masahiro HOSHINO(JPN)の文字。

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世界中の選手の名前の中に自分の名前がある。
長く自転車競技を続けてきましたが、これは今までに経験したことのない感覚でした。

ゼッケンは「111」

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受付を済ませて受け取ったのが、No.111。今回の自分のゼッケンです。
受付でもらった大会グッズを手にすると、いよいよ世界選手権を走ることが現実になってきます。
1年8カ月、練習を続け、ツール・ド・ふくしまを走り、北海道までORCAを運んできた。
その一つ一つが、この「111」につながっています。ここまで来たら、あとは走るだけです。

日本代表ジャージ

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そして世界選手権ならではなのが、このジャージ。各国の代表ということが分かるジャージでないと出場できないため、こちらのデザインされたジャージを購入しました。
背中には大きく、JAPAN
そして、
RIDE FROM JAPAN
REACH THE WORLD
の文字。
普段着ているジャージとは、やはり意味が違います。
自分が日本代表を名乗れるような選手なのかと言われると大変恐縮してしまいますが(笑)、世界選手権出場者としてこのジャージを着て走れることは素直に嬉しかったです。

受付を終えた後は、移動で固まった体ほぐしにスタートライン付近まで軽く走りました。
普段走っている愛知の景色とは当然ながら全く違います。

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世界選手権という大きなレースを翌日に控えている緊張感はありましたが、それ以上に、「ここを自転車で走れるのが楽しい」という気持ちが大きかったのを覚えています。
街の街灯には世界選のバナーがありました。

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そして翌日。いよいよ世界選手権本番です。

2026 UCI GRAN FONDO WORLD CHAMPIONSHIPS

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今回出場したのは、MEN 19-34 GRAN FONDO 140km。
世界各国の予選を通過してきた選手たちと同じカテゴリーで走ります。スタート前に並んでいる選手を見ても、明らかに身体つきが違う選手がいる。
バイクを見るだけでも面白い。そして当然ですが、みんな速そうです(笑)。

一緒に宿を取った仲間と記念撮影w

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それでもここまで来た以上、できるだけ前でゴールしたい。
目標は現実的に年代別20位以内。日本代表ジャージに袖を通し、ゼッケン111を付けてスタートしました。

スタートは安定の最後尾

朝6時スタート。
世界各国から選手が集まる中、日本代表ジャージを着てスタートラインに並びました。……が、位置取りはほぼ最後尾(笑)
いつも通りだけど、今回ばかりはさすがにマズい。

実際にレースが始まると、やはり世界選手権。簡単には走らせてもらえません。スタート直後から集団の中を少しずつ前へ上がっていきました。
当然ながら周囲は各国の予選を突破してきた選手ばかり。ペースの上げ下げも激しく、集団後方ではインターバルがかかります。それでも身体の状態自体はかなり良く、前半は問題なく対応できていました。
ただ、今振り返ると、ここで中盤までポジションを上げるために使った脚は決して小さくなかったと思います。

せっかく世界選まで来たので、爪痕を残したい

そしてレースは74km付近へ。
ここまで先頭集団で走ることができていました。

そこでふと思いました。「せっかく世界選手権まで来たんだから、何か爪痕を残して帰りたい」ちょうど公式中継のカメラもいる。

ということで……

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集団の先頭に出ました(笑)しかも一瞬ではなく、そのまま約2km。
結果、公式中継には日本代表ジャージで集団先頭を走っている姿がしっかり残りました。
順位だけ考えれば、もちろん温存するべき場面です。でも、世界選手権の先頭を日本代表として走る機会なんて、人生であと何回あるのか分かりません。
ここについては後悔していません(笑)
世界選手権で先頭を走ったぞ!

という思い出はしっかり持ち帰ることができました。

そして、メインの登りで異変

しかし、その後に今回最大の試練が待っていました。メインとなる長い登りへ突入。
第二エイド手前で、突然大腿四頭筋に攣りの兆候が出始めます。

弟が補給要員でいてくれるところまでは集団で頑張りたかったですが、想定以上のスピードだったため完全に攣りました。
力を入れようとしても入れられない。ここで先頭集団からドロップ。
それでも何とか追いつこうと、攣っていない筋肉を使うようにペダリングを変えながら走ります。ところが今度は内転筋。さらに左右両脚へ。一つの筋肉をかばうと、今度は別の筋肉が攣る。完全に悪循環に入りました。

約85kmで事実上のオールアウト

実際にオールアウトするまでの約84kmをデータで切り出してみると、かなり面白い結果になりました。

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84.33km / 2時間14分53秒

この区間だけで、

平均パワー:226W
NP:266W
IF:0.84
TSS:159
獲得標高:1,333m
平均速度:37.5km/h
平均心拍:166bpm
最大心拍:185bpm

でした。

つまり約2時間15分、FTP315Wに対してNP266W。しかも一定出力で走った266Wではありません。集団内で何度も加減速しながらのNP266Wです。

レース中の最大値を見ると、

1分:429W
90秒:401W
2分:367W
3分:336W

など、かなり高い出力を繰り返しています。
世界選手権の集団で走るというのがどういうことなのか、数字にもかなり表れています。
そしてメインの登りが終わる頃には、脚はほぼ完全に終了。ここからが本当の地獄でした。

残り約40km、世界選手権で一人旅

一度脚を攣って集団から離れれば、ロードレースでは状況が一変します。
それまで高速で進んでいたのが嘘のよう。脚はまったく回復しません。

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しかも今回はカテゴリーごとに5分間隔でスタートしていたため、後ろからスタートした年代別カテゴリーの速い選手たちにも次々と追いつかれます。
前半は世界選手権の先頭集団。そこから一転して、残り約40kmは満身創痍の一人旅。もう順位をどうこうできる脚ではありません。

それでも、「ここまで来てDNFだけは絶対に嫌だ」その気持ちだけでペダルを回しました。

そして、フィニッシュ

最後の最後まで脚は戻りませんでした。

最終的に20分後にスタートした50代カテゴリーの先頭集団にも抜かれました。これは精神的にもなかなかキツかったです。50代カテゴリーのゼッケンを見た瞬間、引退を決意しました(笑)

残り5km地点、、なんか見たことある道だなぁ~と思ったのもそのはず、朝の宿からスタート地点までの移動の道がフィニッシュに繋がるコースでしたw 

え、ここからずっと登りなんだが、、もう脚無い登りたくないのよ、、ここ右じゃなくて左に曲がったら宿なのに、、、
ロードレース人生2度目のマジで登りたくないと思いました(笑)
残り1km地点。沿道の観客が増えてきて、めっちゃ応援してくれる(´;ω;`)

不思議と力がみなぎってきます。
もうこんなに追い込んで走ることは二度と無いでしょう。
だったら思い残すことないよう全力出すしかないやん!

もう250~270W出すのもやっとの状況ですが、ロードレース人生の最後に出し切らないと勿体ない。
残り350m、ゴールまで最後の登りのストレート。どの筋肉が攣ろうが関係ない、カッコよくスプリントなんてできる脚もあるはずないです。
でも、JAPANジャージを見て最後頑張れと色んな言語で聞こえてくる。シッティングのままゴールラインを通過するまで力の限りペダルを踏みました。

そしてようやくゴール。

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男子19~34歳 141位/206人出走。
フィニッシュ後に写真を撮っていただいたのですが、もう全部出し切りすぎて顔も上げられません(笑)

目標としていた結果から考えれば、もちろん悔しいです。

もっと前でゴールしたかった。

「あそこで脚を使わなければ」
「もっと前からスタートできていたら」
「攣らなければ」

考え始めればいくらでも出てきます。
でも、ゴールした瞬間に一番強かったのは、「世界選手権を走り切った」という気持ちでした。

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フィニッシュ地点で、日本代表ジャージを着てORCAに乗っているYouTube映像があったのですが、もうフラフラです(笑)

そんな中、カッコよくお写真を撮っていただきました。

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この一枚は、たぶんこれから先もずっと大切な写真になると思います。

自転車を始めてから、世界選手権まで

自分がロードバイクに乗り始めたのは2010年。実業団登録をしてレースを走り、E1まで上がりました。伊吹山ヒルクライムではE2で2位、E1で3位。経済大臣杯でE1 4位。
2015年には全日本選手権ロードレースにも出場しました。
その後は以前ほど競技を中心にした生活ではなくなりましたが、自転車から離れたわけではありません。
仕事としても毎日自転車に関わり続けてきました。

そして2026年。
もう一度しっかりトレーニングして、どこまで走れるのか試してみたい。その先にあったのがツール・ド・ふくしま、そしてニセコでの世界選手権でした。まさかロードバイクを始めて16年後、日本代表ジャージを着て世界選手権を走ることになるとは、昔の自分は想像していなかったと思います。

世界選手権を一区切りに

そして今回の世界選手権をもって、競技を中心に据えた自転車生活には一旦区切りをつけようと思っています。
今年再び行ったJCFの競技者登録も、今のところ継続する予定はありません。
だからといって、「もうレースには出ません」というわけではありません。
AACAを走りたくなったら走るかもしれません。シマノ鈴鹿にもまた出たいですし、今までとは少し違う方向で富士ヒルに挑戦してみるのも面白そうです。
ただ、これからは年間のレーススケジュールから逆算して毎日のトレーニングを組み、結果を追い続けるという乗り方からは少し離れます。
世界選手権まで本気でやったからこそ、ここで一度区切っていいかなと思えるようになりました。

競技には一区切り。

でも、自転車を辞めるわけではありません。
むしろここからは、改めてロードバイクそのものを楽しみたいと思っています。

速く走るのも好き。
峠を登るのも好き。
ロングライドも好き。
機材を試すのも好きです。

そして何より、それを仕事としてお客様に伝えられるのが今の自分です。
世界選手権まで走った経験も、トレーニングで試したことも、機材選びで悩んだことも、失敗したことも。
これからは全部、お客様の自転車選びや乗り方のご相談に還元していければと思っています。

最後に

今回の世界選手権出場にあたり、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
トレーニングやレースのために協力してくれた店舗スタッフ。日頃から応援してくださったお客様。機材や環境面で支えてくださった皆様。
そして、世界選手権まで一緒に走ってくれたORCA。たくさんの方の協力がなければ、ここまで来ることはできませんでした。

結果だけを見れば141位。目標としていた世界のトップ20には届きませんでした。でも、日本代表ジャージを着て、世界中から集まった選手と同じスタートラインに立ち、140kmを走り切った。自転車競技を続けてきた自分にとって、一つの大きな区切りにできる経験だったと思います。

2010年にロードバイクに乗り始めて16年。いろいろありましたが、続けてきて良かったです。
そしてこれからも、自転車には乗り続けます。少し肩の力を抜いて。速く走りたい日は速く走って、遠くへ行きたい日は遠くへ行く。

長いブログになりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

使用機材

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バイク:ORBEA ORCA M20iLTD
コンポーネント:SHIMANO ULTEGRA Di2 12S 
ホイール:OQUO RA57LTD
タイヤ:ENVE SES TIBELESS TAN 29C
サイクルコンピュータ:Wahoo ELEMNT ROAM 3
ペダル:LOOK KEO 2 MAX
ヘルメット:KABUTO FALUX G-1オレンジイエロー
アイウェア:OAKLEY JAWBREAKER
シューズ:DMT POGI’S